【終戦の日】11歳の天皇陛下、焦土に衝撃(終戦ニュースまとめ)

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実物本物 大日本帝国憲法 官報号外 明治22年2月11日発行 内閣官報局 a6


東京新聞:<象徴天皇と平成>(上)11歳の陛下、焦土に衝撃 「平和国家」戦後の原点:社会(TOKYO Web)

戦局は悪化し、疎開先の日光にも米軍機が現れた。そして八月十五日。玉音放送があることを、前日に教師から聞かされていて、当日は学友と別の建物でラジオを聞いた。

 栄木によると「その前後で陛下の様子に変化はなかった」という。だが側近日誌には陛下の「非常に残念に思ひました」「無条件降伏といふ国民の恥を、陛下(昭和天皇)御自身で御引受けになつて御放送になつた事は誠に恐れ多い事」との作文が残る。

 十一月、十一歳の陛下は焼け野原となった東京に戻る。目に焼きついた衝撃を後の記者会見で「原宿の駅に降りた時、あたりが何も無かったのでびっくりした」と振り返っている。

 敗戦翌年の四六年一月、陛下は書道で「平和国家建設」と記した。明石はその六文字を「どこまで当時の陛下の思いを反映していたか分からない。『はやり言葉』みたいなものだった」と語るが、後の陛下の歩みを貫く言葉となる。


15日、平成最後の戦没者追悼式:イザ!

73回目の終戦の日となる15日、政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館(東京都千代田区)で開かれる。式典には、天皇、皇后両陛下ご臨席のもと、安倍晋三首相や全国各地の遺族ら約6千人が参列する。


海軍相、終戦内幕の証言録 元首相の米内光政、防衛研が保管 - 共同通信

太平洋戦争の終結時に海軍相を務めた元首相米内光政(1880~1948年)が、終戦に至る内幕について米国の調査団に聴取された際、海軍側が手控えとして残した米内の証言録が防衛省防衛研究所(東京都新宿区)に保管されていることが13日、分かった。



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終戦の日 自由党・小沢一郎代表談話「終戦の日にあたり」必要なことは戦争を再び繰り返さない国民の覚悟(産経新聞) - Yahoo!ニュース

福島の原発事故による、日々増え続ける放射性汚染廃棄物にどれだけの方が思いをはせられているでしょうか。たった7年前のことです。

 ましてや、太平洋戦争については一体何人の方々が具体的なイメージを持てるでしょうか。それを考えたとき、本当に恐ろしい思いがします。

 最近、インターネットの普及などで過激な発言も社会的に目立ってきました。他者や他国、他民族に対する排他的な意見も氾濫しています。

 こうした中、現政権は自衛隊を歯止めなく、世界中に派遣できるような安全保障政策を進めています。果たして偶然でしょうか。戦争も、犠牲者も、不戦の誓いもすべて簡単に忘れてしまうのでしょうか。


終戦の日 いま私たちが考える戦争と平和|ニフティニュース

直木賞を受賞した野坂昭如の同名小説を高畑勲監督が映画化した『火垂るの墓』(1988年)。戦時中の日本を舞台に、両親を亡くした幼いふたりの兄妹が懸命に生きる姿を描いた戦争アニメの最高傑作とも呼べる一作です。
ジブリ作品と言えば、子どもに夢を与えるようなファンタジックな作風をイメージされる方が多いかもしれませんが、その対極とも呼べる位置にある本作も、れっきとしたスタジオジブリ作品。劇場公開から30年経ったいまでは、国内はもとより海外でも「戦争映画としてもっとも偉大な作品のひとつ」と高い評価を得ています。

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