【白血病】と闘いながら甲子園を目指した - PL学園 土井塁人 選手のこと -

2016年01月17日
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癌ブログ

今宵は、相も変わらず朝からの体調不良を引きずったまま起き上がるのが億劫で、ソファーに横になりながらグダグダしていたのだけれど、何気にテレビを付けてみると、ニュース番組である少年の特集が放送されていた。


白血病と闘いながら甲子園を目指したPL学園 土井塁人 選手のこと


それは、昨年の夏、特別な思いで高校野球大阪大会に臨みながらも、準々決勝で敗退したPL学園の2年生、土井塁人選手(18)の事。

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彼は、1年生だった平成25年10月に、急性リンパ性白血病と診断される。


治療法は、骨髄移植抗がん剤という選択肢があったが、治癒する可能性が高い骨髄移植を選択すれば高校生活で野球を続けられなくなる可能性がある為、敢えて抗がん剤治療の道を選ぶ。


彼にとって人生の一番の目標は、「PLのユニホームを着て、甲子園に出る事」だったが、約5カ月間の入院を余儀なくされた事により、2年生に進級出来ず留年。


したがって、規定により公式戦出場は昨年の夏が最後。


平成26年4月には練習に復帰したものの、厳しい練習をこなす体力がなく、レギュラーも難しい。


そこで、「打撃を磨くしかない」と代打に望みをかけ、冬場は200メートル走を50本走りこんで下半身を鍛え上げ、素振りも欠かさなかった。さらには、裏方の仕事も頑張って、チームへの貢献も果たす。


しかし、抗がん剤治療を併行してでは、さすがに練習に支障を来す。


そして、土井選手は、“最後の夏”を迎え「どうしても甲子園に出たい」という思いの為、抗がん剤治療までやめるという悲壮な覚悟を決める事になる。


医師に「抗がん剤治療をやめてくれませんか」と頼み、大会がある7月の1カ月間、投薬治療で凌いだ。


甲子園出場」という夢の為、悲壮な覚悟で臨んだ大会だったが、代打で2度打席に立ったものの、凡退に終わり、予選敗退。勝利の女神が微笑む事はなかった。この日の試合後は涙が止まらなかったそうだ。


甲子園に出場する夢が絶たれ、規定によりもう二度と選手としてはグラウンドの土を踏めなくなった土井選手だが、「今までとは違った形だけど甲子園を目指したい」と、土井選手は再び前を向く。


今後もグラウンドに出て、夢を追う仲間を支えるつもりだ。


「甲子園出場」という夢は潰えてしまったけれど、数々の闘病を乗り越えて頑張って来た彼の事ですから、この経験を糧に、これからの人生で必ず輝かしい活躍をしてくれるでしょう。


土井塁人選手にエールを贈りたいと思います!!


頑張れ土井君!!!


love.

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Posted by M
ブロガー/ファッション研究家/会社経営/ヘッドスパとスイーツをこよなく愛する45歳/おうちごはん男子部 所属/料理を悪戦苦闘修行中/2011年38歳の若さでほぼ末期の胃がん宣告/奇跡的に生還!/人生なんて気持ち次第!!きっとなんくるないさ~

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M  

Re: お礼

> おはようございます。
> 土井塁人の父でございます。
> この度、愚息のことを綴っていただき
> 心より感謝しております。
> ご自分が大変な時に、心優しいお言葉
> ありがとうございます。
> 本人も大学に向けて頑張っております。」
> 本当にありがとうございます。

土井様

この度は、この様な稚拙なブログを拝見して頂いたばかりか、
コメントまで頂戴致し、心より深謝申し上げます。

ご子息様の近況が分からなかった為、
とても心配しておりましたが、
大学進学に向けて頑張っておられるとの事で、
大病に負けないたくましい精神力には感服する次第ですが、
温かいご家族の励ましがあったればこそと存じます。

私自身、いつ人生の終焉が訪れるか分からぬ身ですが、
塁人様の記事を拝見し、夢に向かって前進する
そのエネルギッシュな姿に感銘を受けるとともに、
少しでも見習って、命ある限り頑張って行こうと
励まされた次第です。

微力ではありますが、今後は決して無理はせず、
これからの人生で輝かしいご活躍をされますよう
心よりお祈り申し上げます。

2016/05/12 (Thu) 03:48

土井崇正  

お礼

おはようございます。
土井塁人の父でございます。
この度、愚息のことを綴っていただき
心より感謝しております。
ご自分が大変な時に、心優しいお言葉
ありがとうございます。
本人も大学に向けて頑張っております。」
本当にありがとうございます。

2016/05/11 (Wed) 08:41

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