【3.11】~東日本大震災から7年~国が見捨てた「在宅被害者」の実態と胃がん宣告

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【3.11】東日本大震災から7年 国が見捨てた「在宅被害者」の実態と胃がん宣告


今日は3.11、「東日本大震災」が起きてから7年目だ。思い起こすと、大震災が起きた2011年はボクにとっても「激動の1年」だった。


  • 東日本大震災
  • ひがしにほんだいしんさい
  • 東日本大震災は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による災害およびこれに伴う福島第一原子力発電所事故による災害である。大規模な地震災害であることから大震災と呼称される。 発生した日付から3.11、311と称することもある。
  • ウィキペディア




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失恋の傷で荒れた時期、東日本大震災に遭う


色々あって、プライベートで長年共に暮らしてきた相手と別々の道を歩むことになった2011年。未だ失恋の傷が癒えぬまま、荒れた日々を送っていた。


そんな時、「東日本大震災」が起こった。その時はちょうどオフィスで仕事をしている最中だった。


あまりの揺れに、キャビネットから何から何まで全部ひっくり返った。こんなに大きな地震を体験したのは生まれて初めてのことで、命の危機を感じるものだった。


幸い、自分は東京だったので助かったが、テレビでは今まで見た事もない信じられない光景が延々と映し出されていた。


2011年、知り合いの不審な死と胃がん宣告


東日本大震災のあった2011年は、ボクにとって忘れることの出来ない1年となった。


大震災のあと、知り合いでいつも仕事を共にしていた司法書士が、ある日死体で発見された。発見時は浴槽の中で、硫化水素で遺体は緑に変色。半分溶けた状態だった。


この事件については未だ謎のまま。メディアにも報道されないし、この件だけは司法書士会が何も語らない。


衝撃的な事件を目の前にしてショックを受けたが、その事をいつまでも考えることは出来なかった。すぐその後に「胃がん宣告」がボクに襲って来たからだ。


この2011年という年は、震災で甚大な被害を受けた方々にとっても、ボクにとっても忘れられない1年となった。


東日本大震災から7年、「在宅被害者」の実態を知る


東日本大震災から7年、「在宅被害者」という、国の制度の枠組みからもれてしまい、救済されない人達がたくさんいることを知った。


たまたま国が作った救済制度の規定で、定められた要件を満たさなかったことが救済されない理由のようだ。


この7年の間、高齢者をはじめとする在宅被害者の人達は仮設住宅にも移ることが許されず、大震災でボロボロに壊れた家屋の中で生活苦に悩まされている。


今では民間ボランティアや弁護士会が動き出しているようだけれど、国は何もしてくれない。「森友文書」など、くだらない議論や無駄に税金が使われている一方で、世の中には国から保護されずに困窮している国民がたくさんいるのだ。


たまたま、官僚や国会議員が作案した救済制度の要件を満たさなかったから保護してもらえなかったのは、誰の責任だろうか?


それは、在宅被害者のケースのように、保護してもらえない欠陥制度を作った側にあることは明らかなことだ。


一度出来上がった救済法に基づき、その後は行政が保護に値する人とそうでない人とを杓子定規にふるい分けしていく。


たまたま人が作った制度から溢れてしまった人達は、泣き寝入りして死んでしまえという訳だ。おかしな話しです。


犯罪者は法に法り処罰はされるけれど、刑期に服する間は「衣食住」を保護される。服役しなくても、執行猶予が過ぎれば犯罪者でなくなるのです。それは、"犯罪者"という、法の定めた枠にあるからです。私の身内もそうですが、"法による償い"が済んでも、社会的道義観念からいえば犯罪を犯した、という罪は一生消えるものではないのです。


しかし、法の枠からあぶれた在宅被害者たちは、衣食住の危険にさらされながら日々を過ごしている。彼らは何も悪いことをしていないんですよ。ただ、大震災の被害に遭っただけです。


迅速に柔軟な対応が出来ない救済なんて何の意味があるのだろう。その枠組みを定めた悪法と、それを作った国会議員。彼らはこの現実をご存知なのでしょうか?


本日も素敵な1日を。



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