明かされた山本KID徳郁さんの胃がん闘病生活、癌ニュース(2018/9/19)

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周囲に言わず地方で治療 明かされた山本KID徳郁さんの闘病生活

榊原氏は、山本さんの父で1972年ミュンヘン五輪レスリング代表の郁栄(いくえい)氏(73)の許可を得た上でインタビューに応じ、「最初に胃がんが見つかったのは、2年以上前のタイミングだったと思います」と明かし「ボクが聞いている範囲だと抗がん剤治療も何度かしましたし、その間、治療してくるよっていうことは周りに言わずに東京都内とかで治療を受けると目立ってしまうので地方に行って治療をしていた」と振り返った。

 病状は「年明けてからかなり病状が悪くなって、2月ぐらいだと思うんですけど、その後、最終的な治療の場所としてグアムに末期がんの人達の治療ですごくいい病院があるっていうことのようで、そこに治療の場を選んで。病院とグアムの中の自宅を行き来していて、その時の移動も車いすでの移動になったと聞いています」と明かした。


山本KIDさん胃がん死だった 戦う魂は美憂に託す

総合格闘技界の巨星が、この世を去った。KIDさんがインスタグラムでがん闘病を公表したのは、先月の26日のことだった。それから、1カ月もたたないうちの悲報。41歳。あまりにも若すぎる死に、格闘技界に衝撃が走った。

KIDさんの看病のため、練習拠点を5月からグアムに移していた姉の美憂は、7月のRIZINインタビューでKIDさんのことを語っていた。闘病中のKIDさんのことを考え、7月29日のRIZINさいたまスーパーアリーナ大会欠場の意思を伝えると、KIDさんは「やっぱり出ないとダメ。ここで勝ち癖つけないとだめだよ。絶対勝てるから」と、病床からメールで出場を勧められたという。

美憂は「ノリは、自分が必ず生きてリングに上がること。『美憂と一緒にRIZINに出たい』と言ってくれた。絶対、有言実行だから、うちの弟は」と気丈に答えていた。父、姉、妹とレスリング一家の中で、常に家族に元気を与える強さの象徴が、KIDさんだった。

【がん闘病】 山本KID を姉・山本美憂が語る「弟は有言実行だから」

「がん闘病中」であることを自ら公表した格闘家・山本KID徳郁さんについて、姉の山本美憂さんが弟への想いをコメントしました。16日に公開されたWEB番組「RIZIN CONFESSIONS」#21でのインタビューですが、収録が7月9日とのことで山本KIDさんの現在については不明です。山本美憂が、弟・山本KID徳郁のがん闘病についてコメント「自分のカラダがキツいのに…」40歳を超えてなお格闘家として挑戦し続ける美憂さんですが、近くでずっと...


宇野薫、山本KID徳郁さん死去に「言葉がみつかりません…」

総合格闘家の宇野薫(43)が18日、自身のツイッターを更新し、同日41歳の若さで山本KID徳郁さんが亡くなったことに「今は言葉がみつかりません…」とつづった。



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山本KID徳郁さんの壮絶死 “我流”たたり満身創痍…握力も小学生並みに落ちていた (2/2ページ)

最近10年は一転して、プロボクシングの元選手にパンチを一から教わり、人が変わったように基礎から技術をやり直す姿があった。駆け出しの頃は必要量を超えるサプリメントを摂取するなど、むちゃなことをやっていたが、近年は食品添加物を一切取らず、菜食主義になっていた。

 だが、若い頃の“我流”がたたったのだろうか。常にどこかに不調を抱える満身創痍は改善されず、試合のキャンセルが相次ぎ、7年前にアメリカ大手団体UFCに起用されても良い結果は残せなかった。プロの公式戦は15年が最後。首の神経を損傷し、握力も小学生並みに落ちていた。それでも引退は口にせず、生涯現役を貫いたが、一方で後輩の育成に力を入れていた。今年1月に私に届いたメールには、自分のことではなく「すごい逸材がいるので今度紹介します」とあった。

 もともと負傷についても詳しく明かさないことが多かったのに、8月に闘病を公にしたのは、かなり厳しい戦いとなっていたからだろう。最期まで弱音を吐かなかったのは、強い姿しか見せないKID流だった。


RENAが山本”KID”徳郁に追悼コメント「最高の輝きをありがとう」

9月18日(火)に41歳で死去した山本”KID”徳郁に、シュートボクシング(以下SB)世界女子フライ級王者RENA(27=シーザージム)がSBオフィシャルサイトにて追悼コメントを発表した。

 RENAは「山本KIDさんのご逝去を知りとても大きなショックを受けています。KIDさんとは会場でご挨拶をさせていただく程度ではありましたが、私が格闘技を始めた当初から国内外問わずテレビや誌面で大活躍されていたスーパースターでした。試合はもちろんプロ格闘家としての在り方を私たち後輩に大きく示してくださいました」と振り返る。

 そして「私はKIDさんの闘う姿やファイティングスピリッツをずっと忘れません。最高の輝きをありがとうございました。今はどうか拳を解いて安らかにお眠り下さい。ご冥福を心よりお祈り申し上げます」と言葉を結んだ。



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