3.11大震災の起きた2011年は「人生のターニングポイント」だった

2019年03月12日
0
0
胃がん闘病記・日記

胃がん宣告も含め、3.11大震災の起きた2011年は「人生のターニングポイント」だった


こんにちは。胃がんブログの管理人Mです。本日は、原発巣となる胃がん術後から6年11ヶ月と1週間。また、昨年10月24日に余命を告知された、転移性肝がんの発覚から4ヶ月と16日が経ちました。


実は、昨日、心配して電話を下さった弁護士にもお伝えしましたが、そろそろ体調がまずいのかな、と。馬鹿みたいに更新を続けるブログのほうもいよいよ、という感じです。


身内の兄の件については、さまざまな方からメールを頂いておりますが、現在の彼の行動は、ボクへの殺意によるものだとハッキリしました。


これについては前回の記事に書きましたので、ここでは割愛します。


▼前回の記事

最近の支離滅裂な嘘で判明!Qの殺意と不作為による殺人行為~第4章

【登場人物】①司法書士Q→6歳上の、身内の兄。私が転職して約3年後に重大犯罪を犯す。司法書士で業務禁止の懲戒処分になると同時に、東京法務局の刑事告発により執行猶予付きの有罪判決が下される。しかし、執行猶予期間中に無許可の測量会社を設立。さらに、土地家屋調査士の名義借りを受け、無資格業務を長年行なった疑いで現在、法務省と東京法務局が合同調査に着手。この件で、警視庁にも情報提供がされる。②私(M)→この当時は...


そんな中で迎えた3.11という日。「あの日」から8年という時間が経ちました。あの8年前は、日本中の方々にとってそれぞれ、様々なターニングポイントであったかと思いますが、ボクにとってもそうでした。


2011年は、ボクの身に様々な悲しい出来事が降りかかり、毎年の3.11を迎えるたびに、その当時の記憶が走馬灯のように蘇ってくるのです。


スポンサードリンク

大震災の起きた8年前は人生におけるターニングポイントだった


東日本大震災の起きた8年前。2011年は、自分にとって人生のターニングポイントでもありました。


本当にいろんな出来事があり、2011年を境目として人生が様変わりしました。


2011年は、長年にわたり同棲生活をしてきた相棒と決別したことで、精神的に参っている状況の中で始まりました。


胃がんになって…

ボクが胃がんになって手術をしてから6年半ボクが胃がんになるほんの少し前キミと出会い 共に暮らした6年半をボクは忘れない二人の時間は 楽しくて 楽しくていろいろ冒険したねキミが楽しそうに 嬉しそうにしているそんなキミを後ろで眺めていてボクは幸せに満ち溢れていたよ33歳の誕生日に届いたドラえもん頭のてっぺんのプロペラを外したら見つけたキミからのバースデーカード今でも大切な宝物人生で一番の思い出 ありがとう...


大震災の頃から感じ始めていた体調の異変


そして、3月にはあの大震災。交通機能が麻痺したことで帰宅することが出来ず、居酒屋で夜を明かしました。しかし、この時に酒を飲んでいて、何となく体調が優れなかったことが、癌に侵されている予兆だったのかも知れません。


なぜなら、この頃からたびたび、体調の異変を感じ始まったからです。とにかく、何をするにも疲れやすく、寝ていると、背中にかく冷や汗が尋常じゃなかった。体重のほうも、だんだん痩せていっているように感じていました。


なぜこの時にガンを食い止められなかったのか!!未だに悔いが残るクリニックへの受診


6月を過ぎた頃になると、胃の不調のことでクリニックへ足を運びました。お恥ずかしいながら、この時の具体的な症状は、すでに記憶から飛んでしまっています。


しかし、医者から「胃潰瘍の疑い」があると言われたので、何らかの痛みで訪れたのだと思います。ちなみに、「疑い」というのは、検査を何もしてくれなかったから。


この時の処置としては、「胃潰瘍でも何にでも効く薬があるから、とりあえずこれを飲んでね」と言われながら処方された薬を飲むだけでした。


この時に、なぜ検査をしてくれなかったのだろう?さらに、ボク自身もなぜ検査をしてくれ、と食い下がらなかったのだろう!!


今となっては、このクリニックに文句を言うことも出来ません。何しろ、この時の情報は、カルテどころか、すべてのものが破棄されてしまっているのですから…


▼関連記事

【障害年金 初診日証明】 がんのカルテがない!その時どうした?!

障害年金 - 準備編目次(クリックして表示)①【癌 障害年金 ブログ】はじめます!胃がんでも年金って貰えるの?②胃ガンで胃全摘したら障害年金をもらえるの? - 社労士に相談する日③社労士に相談 【がん 障害年金 Q&A】年金をもらうためにやること3つ④【障害年金 初診日証明】 がんのカルテがない!その時どうした?!⑤障害年金には「基礎年金番号」が必要、年金手帳が見つからない時は?⑥【障害年金の診断書】胃がん術後の


ここで癌の進行を食い止めてさえいれば、現在のボクは違った人生を歩んでいたかも知れません。この当時、癌が自分を蝕んでいることを知る由もなかったボクには健康に対する過信があったのです。


初めて酒で意識を失ったり、食べ物が喉に詰まり出す


7月に入ると、体力がさらに落ちていることに気付きます。吉祥寺で開いた合コンの席で、大酒飲みの自分が赤ワインを少し飲んだだけで、すぐに意識を失ってしまったのです。酒を飲んで意識を失ったのは、この時が人生で初めてでした。


▼この時に同席していた人が、その時のボクを写真におさめています。


人生ではじめて酒を飲んで意識がなくなる。この時はまだ胃癌が自分の体を蝕んでいることを知る由もなかった


その後まもなくして、食事中に食べ物が喉に詰まり出す症状が始まりました。ひと口食べてはトイレで吐き、それでも我慢しながら仕事漬けの日々を送っていたのです。


▼関連記事

【プロローグ】胃ガン宣告から手術後1年まで。私が癌を克服した経緯

こんにちは。胃癌ブログの管理人Mです。今回は自己紹介を兼ねて『術後1年目』に別の場所で書いたノートを一部転載したいと思います。突然、胃ガンの宣告をされた場合、どうすれば良いか分からない方も多いと思いますが、少しでもご参考にして頂ければと思います。~術後1年~皆様のご厚情・ご協力に支えられ、おかげさまで、4月5日をもちましてとりあえず術後1年を迎える事となります。国民の2人に1人がなるといわれる癌につい...


司法書士Tが謎の死を遂げる


10月になると、仲良くしていた知り合いの司法書士Tに悲劇が起こりました。仕事でお願いしていることがあり、その件でTに電話をかけたところ、何度かけても留守電になってしまいました。しばらくして、警察から電話がかかってきました。


Tが、自宅の風呂場で亡くなっていたそうです。発見されたのは、とても激しい嵐の日でした。


発見された時のTは、密閉された風呂場の浴槽の中で、体が緑色に変色し、半分溶けた状態だったそうです。硫化水素によるものだといいます。


警察からボクに電話がかかってきたのは、電話の最後の着信履歴がボクになっていたからでした。


この、Tの死に関しては、未だ公表はされておらず、謎のままだけれど、ボクは事件だと思っています。警察は自殺として処理をしたようですが、そんなことはありえないことをボクが1番良く知っているのです。


道端で吐血、人生初めての内視鏡検査、胃がん宣告…


Tの事件が発覚して約1週間後、ボクは仕事での酒の席でテキーラを約30杯一気飲みし、帰り道で意識を失いかける中、道端で血らしきものを吐きました。


そして、数ヶ月ぶりに訪れたクリニックで人生はじめての内視鏡検査。11月の「ほぼ末期の胃がん宣告」に続きます。


人生に「タラレバ」はないのだけれど、大震災の翌年から3.11を迎えるたびに、必ず上記に書いた出来事の記憶が頭の中に蘇ってくるのです。


今年でそれも7回目。来年はもうありません。


本日も素敵な1日をお過ごし下さいませ。


関連記事

この記事が気に入ったら
シェア!

 シェア
スポンサードリンク
M
Posted by M
ブロガー/ファッション研究家/会社経営/ヘッドスパとスイーツをこよなく愛する45歳/おうちごはん男子部 所属/料理を悪戦苦闘修行中/2011年38歳の若さでほぼ末期の胃がん宣告/奇跡的に生還!/人生なんて気持ち次第!!きっとなんくるないさ~

Comment 0

There are no comments yet.

コメントする