父親がお迎えにやって来た?!同じ胃がんでこの世を去った父親の晩年

M

2019-03-17
胃がん闘病記・日記
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こんにちは。胃がん再発ブログのMです。お腹が痛くてタール便?のあと、再びお腹の痛み(汗)痛み止め代わりで日本酒を飲んだら、久方振りに5時間ほど眠ることが出来ました。

ちなみに本日は、原発巣の胃がん術後から6年11ヶ月と12日目。転移性肝がんで余命宣告を受けてから、治療を放置して4ヶ月と3週間目です。

父親がお迎えにやって来た?!同じ胃がんでこの世を去った父親の晩年

寝ていたら、夢を見ました。夢の舞台は空想の世界じゃなくて、約40年くらい昔の、ボクがまだ幼かった子供の頃でした。ボクが1階の居間で過ごしていると、父親が壁に向かって横になっていました。

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ボクと同じ「胃がん」を患った父親のこと

ボクの父親は、ボクが幼かった頃に胃がんを患い、会社が倒産しました。母親と離婚しましたが、離婚した後もみんなで同居していました。

その後、ボクが10歳の頃に胃がんが再発。と同時に、何故かそれを機に父親だけが別居しました。

父親は、高円寺のアパートで一人暮らしを始めましたが、約半年後には東京医大へ入院。半年以上の入院生活を続け、後半の数ヶ月は植物人間と化してましたが、そのまま息を引き取りました。享年60歳でした。

父親に関するボクの記憶

ボクは、父親が49歳の時に生まれた年子です。父親と寝食を共に過ごしたのは、たったの10年間です。しかし、はっきり物心ついた時からを考えると、父親に関しての記憶はたった数年しかありません。

ですから、ボクの父親は、ボクの記憶の中では、最初から胃がんを患っていたのです。

ボクが物心つく前の記憶

ちなみに、ボクは父親のことを「パパ」と呼んでました。これはボクが決めたのではありません。ボクがもっと幼くて、やっと言葉を発することが出来るようになった頃。

両親が「何て呼ばせようか?パパ、ママがいいね。」と話していたのを受けてのことでした。ボクがまだ、物心つく前の時代ですが、なぜかこの時の記憶だけが強く残っているのは不思議なものです。

これは、次の話しと含め、胃がんになる前の父親に関する数少ない記憶です。と同時に、この両親が会話するやり取りを聞いていた場面は、ボクが生まれてから現在に至るまで中で、ボクにとっての一番古い記憶なのだと思います。

迷子になったボクを迎えに来てくれた父親

そして、まだ2歳か3歳くらいの時でしょうか?まだボクがカタコトの言葉しか話せない時のこと。兄に連れられ、自宅から2駅ほど離れた、ずいぶん遠くの公園へ行ったことがありました。

遊んでいる途中で、兄が「ちょっとウチに忘れ物を取りに行ってくるから、ここで待っててね。」と言い残し、いなくなりました。ボクはずっと待っていましたが、空が夕焼けで暗くなりかけても、兄は一向に戻っては来ませんでした。

ボクは不安になり、公園を出ました。泣きながら川沿いをずっと歩いていると、おばさんに声をかけられました。「ボク、どうしたの?迷子になったのかな?誰と一緒に来たの?」と尋ねられたボクは、「ニャンニャン。ニャンニャン」と言いましたが、おばさんには理解してもらえませんでした。

ニャンニャンというのは兄のことですが、幼な過ぎたボクはまだ、ちゃんと「お兄ちゃん」と話すことが出来ませんでした。おばさんは「猫と来たの。猫はいないけど、はぐれちゃったのかな?」と言いながら、ボクを警察署に連れて行ってくれました。

しばらく警察署で過ごしていると、父親が迎えに来てくれました。自宅までの帰り道は、とても長い道のりでした。しかし、父親は、オシッコを漏らしてビョショ濡れの半ズボンを履き、泣き疲れたボクをおんぶしたまま連れて帰ってくれました。自宅に帰ると、兄は布団の中で眠っていました。

胃がんになる前の父親は「億万長者」

胃がんになる前の父親は、戦時中から通訳の仕事を経た後、自分で商社を作って大成功を収めたそうです。当時の貨幣価値で年収3億6000万と伝え聞いてますので、いわゆる「億万長者」だった訳です。

しかし、ボクはこれについて良く知りません。ボクが生まれ、物心ついた時にはすでに胃がんの父親がいました。働けなくなったので、会社も倒産。借金地獄に陥っていました。

よって、父親が大金持ちだったのは、かすかな記憶しか残っていません。一つだけ残っている記憶としては、ボクが幼稚園に入りたての頃、父親には雇っていた運転手がいました。その運転手に、幼稚園まで車で送ってもらったことがあります。車は、真っ青なスカイラインでした。

家族に冷たくされ、虐待され…孤独で可愛いそうだった父親の胃がん術後の闘病生活

ボクにとって、父親のイメージといえば、いつも横になって辛そうにしている場面しか浮かびません。でも、父親は、ボクが年子だったこともあるのか、とても可愛がってくれました。

当時は、ドン底の極貧生活でしたが、父親については良いイメージしかありません。しかし、ボクとは逆に、ボク以外の家族は皆、父親に恨みを持ち、冷たくしていました。

いつも父親の悪口を周りに言いふらしたり、ボクの兄は「働かないでいつも寝てばかりいる」と陰口をたたいてました。

あくまでボクの想像ですが、ボク以外の家族はきっと、父親が胃がんになるまで、贅沢の極みをさんざん味わって来たのでしょう。それが、極貧生活へと急転直下。あまりのギャップを、彼らはきっと許せなかったに違いありません。

そんなことも関係したのか、家族は一切と言っていいくらい誰も胃がん術後の父親を労わるようなことはしなかったです。

家族は、いつも父親の悪口を言ってましたが、病の胃がんのことについては、誰も話しているのを見たことがありません。そんな有様ですから、胃がんの術後のことをまったく理解してもらえず、孤独で苦しんだ父親は、さぞかし辛かったのだろうと思います。

ボクは、そんな父親を見ていて、可愛そうだなぁと思っていました。他の家族と違い、ボクはいつも父親の近くで過ごしていたように思います。そんなこともあり、父親は、ボクのことをタバコ係に任命しました。幼いボクは、父親に代わっていつもセブンスターを買いに行きました。

誕生日を迎えた父親が夢に!ボクをお迎えに来たのかも?!

ずいぶんと父親のことを長々と書いてしまいました(汗)冒頭に書いた通り、ボクの夢に父親が現れました。そして、これまでに書いたことが、夢の中で走馬灯のように再現されていきました。

目が覚めて。ボクは思いました。ボクが物心ついた頃からの、父親の晩年は寝たきりだったけど、今のボクに似ているなぁ…と。

そうすれば、先日は父親の誕生日だったんだ!もしかすると、あの世から父親がボクをお迎えに来ているのでしょうか?!ボクが迷子になった、あの頃のように…。

本日も素敵な1日をお過ごし下さいませ。

ジャンル ドラマ
監督 是枝裕和
主演 福山雅治, 尾野真千子, 真木よう子


love.

P.S. 父親の遺骨は、もう何十年も行方不明のままです。未だ父親に恨みを持つ身内は、父親のことを探そうとはしないようです。

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