がんを克服した将棋の神様 大山康晴名人「凌ぎの一手でガンに勝った」

M

2019-03-29
がんブログ
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こんにちは。胃がんブログの管理人Mです。最近は、体調のこともあってネガティブな記事ばかり書いてましたが、本来のボクは超前向き人間なんですヨ(^_^;)

ということで、人生の最後くらいはポジティブなことを書きつつ、同じくがん闘病をなさっている患者さんたちにエールを送って終わりたいと思います(^^)

さて、今回のお話しは、これまでにも何度か書いてきた「先人の言葉」についての第3弾です。

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なお、ボクは将棋が趣味なので、今回も将棋が題材となります。

2011年に胃がん宣告を受けたあと、次第にボクは絶望感を味わうようになっていきました。そんななかで何度も読み返したのが、同じくがんを経験した将棋十五世名人大山康晴先生随筆でした。

以下、このブログ記事における引用は、特に明記しないかぎり「大山康晴全集 Ⅲ 記録への挑戦」に収録された随筆しのぎの一手でがんに勝った 大山康晴」(285ページから292ページ)のなかの一部です。

将棋駒箱 大山名人駒箱 忍
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プロ棋士50年目の大山康晴十五世名人に訪れた「人生の危機」

将棋の大山康晴十五世名人は、プロ棋士になって50年目に「人生の危機」が訪れました。

A級になって三十七年間、その地位を連続して維持してきたわたしに、人生の危機が訪れたのは昭和五十九年の春のことだった。それも現代、最も恐れられている「がん」だというのだから、穏やかではない。

これまで、病気らしい病気をせずに60歳を迎えた大山先生に突然異変が起こりました。

たまたま大阪に出張していてホテルのトイレに入ったとき、突然に出血した。ちょうど生卵を尻の中で割って、それがポンと出る感触がした。

きょうは変だな、腹の具合が悪いんだろうか、と思いながら、終わって立ちあがってみたら、水洗の便器の中が真っ赤になっていた。

「がんの告知」で勝負師・大山先生の頭に浮かんだこと

医師に相談したところ、最初は痔が悪化したのでは?と言われたようです。しかし、大山先生はよく検査をしてくれるようにお願いし、1週間後に検査を行ないました。そこで癌が発覚したのです。そのときの心情について、大山先生は次のようにつづっています。

そのとき、わたしの頭に浮かんだことは、将棋に例えれば、まずい手をやったということだ。形勢が苦戦になってきた、どうもこれは負けそうだ。そんなときにどう対処したらいいかということが頭に浮かぶ。長年の勝負勘でいえば、もう苦戦になったものは仕方がないが、そのあとをいかに最善の道を選ぶかということである。

がんの告知を受けたときに、将棋や自身の勝負勘に例えて考えるのは、いかにも勝負師の大山先生らしい発想だと思いました。

その後、大山先生はがん治療に関してデータや設備が調っているというがんセンターを選択。目先の対局(将棋の試合)をぜんぶ不戦敗にしてもらい、治療を急いだといいます。

がんセンターに入院「私は死なない。だから遺言は書かないよ」

大山先生は、がんセンターへ入院する日に、奥さんから「お父さん、がんで入院するんなら、遺言状を書いたらどうですか」と言われたそうです。しかし、大山先生には大丈夫だという信念があり、次のように答えたそうです。

「遺言状というのは死ぬ人が書くものであって、生きて帰れる者は、書く必要ないんだ。今回は大丈夫だから、とにかく書かないよ」

がんセンターに入院した大山先生には、再度おこなわれた検査によって正式な病名が知らされることになります。大山先生に下された診断は「下行結腸がん」というものでした。

そして、入院して8日後に手術が行われました。

体力があるからよくなるぞ/体重は体調管理における重要なバロメーター

手術は無事に終わったようです。主治医の指示にしたがい、大山先生は翌日から運動を始めました。

悩みは食欲がないことで、点滴が11日間ほど続いたそうです。それまでの間は固形の食べ物を食べたいとも思わなかったとつづっています。

急に食欲がではじめたのは12日目から。病院食がはじまりました。この当時、自身の励みになっていたこととして、大山先生は体重測定を挙げています。

わたしがいつも励まされていたのは、毎週土曜日に行う体重検査だった。看護師の詰所に行って自分で体重を測るのだが、同じ階の三十名ばかりの患者のなかで、わたしは、二番目に重い。七十キロあまりある外人のつぎが六十二キロのわたしである。それを見て、二番目に重いということは体力があるんだ、これならよくなるぞ、と励みがわいてきた。

ボクは、胃がんの術後にこれを読み、とても良い参考となりました。やっぱり、体重は体調管理における重要なバロメーターなんですよね。

大山先生は1ヶ月後に退院。一時間を早足で歩く朝晩の散歩で体力の回復に努めたそうです。

さらに、約2ヶ月後には術後はじめてのゴルフに出ます。「内心、腹がちぎれるのではないか、傷口が開くのではないかとビクビクものだった」そうですが、ワンラウンド回っても平気だったことで自信を深めたといいます。

がんを克服した将棋の神様が完全復活、63歳で名人挑戦者に!

そして、約3ヶ月の休養期間を経た大山先生は、いよいよ将棋プロ棋戦の復帰第一戦を迎えました。この時の感想を次のように記しています。

生まれて初めて不戦敗を続けたわたしは、いつものように虚心で対戦したつもりだったが、そのころ、まだ予後の再発を防ぐ抗がん剤を服用していて、勝つには勝ったが、よく内容をおぼえていない。

大山先生は、術後抗がん剤治療のさなかで復帰第一戦を見事に勝利しました。将棋の神様は、がんに勝ち、たった3ヶ月で完全復活を遂げたのです。

そして、翌年度のA級順位戦が始まりました。大山先生にとっては、37年間にわたり守り続けてきたA級の座をかけての正念場です。

なぜなら、将棋界において数々の記録や実績を残してきた大山先生は、自身が日頃から公言していた通り、 A級からの陥落は「引退」を意味したからです。

引退」を賭けた順位戦に臨んだときの心境について、大山先生は次のようにつづっています。

こうしてわたしは、今年の順位戦に臨んだ。不戦敗のおかげで、A級の張出、つまりは最下位である。同率なら下位の者が陥落だから、十局対局して、四勝六敗ならば、まず引退という危機であった。

さいわいにも今年度は、三十七局中二十四勝十三敗の成績で、順位戦では、五勝二敗。これであと残る三局を全部負けても、今年度のわたしのA級の身分が安泰になった。こうなると今度は逆に気持ちが落ち着いて対局できるし、いまのわたしの感じからいって、あと二勝一敗はなんとかしたいというのが目標だ。残る三局は、森安、二上、谷川との対戦だが、このうち二勝し、通算七勝三敗になれば、いま二敗者が桐山、森、加藤一二三で、この人たちも恐らく一敗はするだろうから、同率決戦になるのではないかと想像している。これを勝ち抜けば、名人位に挑戦することになる。ものごとにはチャンスは、たびたび来るものではない。いまのところ、内心よいチャンスだと思っているが、これから先どうなるかはわからない。

病院の薬も半年ぐらい続けてようやく縁が切れた。いまは、ファンの贈ってくれているレイシと胃腸の漢方薬を煎じて飲んでいるだけだから、とくに病気を意識してはいない。だが、手術から一年の峠を越したときは、ひとまず安心し、いま、一年半を無事に過ごしている。疲れもなければ貧血、鼻血もない。これを維持するためには、勝負に勝つことだ。負ければ体力を消耗するが、勝てば関係ない。棋士でも、成績が悪くて病気になる例が非常に多い。商売している人ならば、それが順調にいかなければ病気にもなる。

がん克服の三年の山場まであと一年半あるが、順位戦の最終戦は、今年の三月十日。いまは、一番、一番を頑張りたいというのが本音である。

引用:昭和61年2月号「現代」より

この、がんで入院した翌年のA級順位戦で、大山先生は六勝四敗の成績を収めます。そして、この年は大山先生を含めた三者による同率プレーオフとなりました。

大山先生はこのプレーオフで二連勝を果たし、何と、六十三歳での名人挑戦という大記録を達成したのです。

がんという大病を克服しての大舞台への登場。マスコミが大騒ぎしたのはいうまでもありません。

終わりに

大山先生が勝負師ならではの考え方でがんを克服したのは、とても興味深いものがありました。ボクは、胃がんの闘病をするうえで、大山先生の残された、この「がん闘病記」がずいぶんと励みになったものです。

将棋を知らない方や、勝負事に無縁な人にとっても、大山先生の考え方は参考になるのでは?と思います。ボクの場合は、将棋や勝負を「自分」に置き換えてがん闘病に臨みました。

大山康晴

おおやま やすはる

棋士

大山 康晴は、将棋棋士。十五世名人。棋士番号26。木見金治郎九段門下。 主な記録としては、公式タイトル獲得80期、一般棋戦優勝44回、通算1433勝等がある。十五世名人・永世十段・永世王位・永世棋聖・永世王将の5つの永世称号を保持。 順位戦A級に在籍しながら、1977年から1988年まで日本将棋連盟会長を務めた。 ウィキペディア

生年月日: 1923年3月13日

生まれ: 岡山県 倉敷市

死亡: 1992年7月26日, 千葉県 柏市

棋士番号: 26

タイトル獲得合計: 80期(歴代2位)

大山 康晴 (著)
『3月のライオン昭和異聞』の田中七郎名人のモデル、プロ将棋棋士:大山康晴(十五世名人/永世十段・王位・棋聖・王将)が、自らの「強靭な精神を磨く思考術」を伝授。勝負強さの秘訣は「不動心」にあり! 不運に取りつかれた時、あきらめてはいけない。あきらめは心の乱れであり、不動心を失っている状態である。



大山 康晴 (著)
内容(「MARC」データベースより)
常に挑戦の心を忘れず、優勝回数124回を数え、圧倒的な勝率を誇る名棋士の人生観。1974年PHP研究所刊「人生に勝つ」の改題。




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