胃がん手術後7年目に寄せて

2019年04月05日
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胃がん闘病記・日記
胃がん手術後7年目を祝うイチゴのショートケーキ

胃がんブログの管理人Mです。本日、2019年4月5日は、ボクが2012年4月5日に国立がんセンターにおいて胃がんで胃の全摘手術をしてから7年目となります。その当時、ボクに診断された正式な病名は「多発性高度リンパ節転移胃癌」。病期をあらわすステージは、最低でも3Bというものでした。

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今の状況で「胃がん術後7年」を迎えたことについての率直な心境

正直言って、胃がんの術後7年目を迎えたことは、心中穏やかじゃない、というのが率直な心境です。なぜなら現在は、胃がんの再発による転移性肝がんの告知を受け、5ヶ月と12日が経過したからです。

がんの再発によって新たなカウントアップが始まりましたが、これは同時に、「死へのカウントダウン」を意味します。なぜなら、身内の兄の妨害により、再びがん治療を始めることがかなわなかったからです。

注)身内の兄については「事件ファイル」の記事でもつづっています。

この瞬間、原発巣である胃がん術後の日数カウントアップは、何ら無意味なものと化したのです。

胃がん術後1年から6年目、それぞれの節目での心境

どうにか胃がんの手術にまでこぎつけることが出来たボクですが、その後に訪れたそれぞれの区切りでは、一体どのような心境だったのか?

注)胃がん宣告を受けてからの経緯は「胃がんヒストリー」の記事につづっています。

胃がん術後1年目/「1年生きられた」という実感

①術後1年目→「ああ、何とか1年は生きられたんだな」と思った。胃がん宣告のとき、手術をしても1年生存率は5~20%だと言われた。だから、1年生きられたと実感するのが精一杯で、それ以上の高望みはしようもなく、ボクの未来は不安で一杯だった。

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胃がん術後2年目/職場からの迫害

②術後2年目→主治医から、術後は1年、3年、5年というハードルがあることをつねづね言われていた。だから、1年越えたら次は3年。ボクの場合は重い胃がんだったから、2年目を迎えたからといって少しも不安が拭えなかった。この当時のボクにとって、「5年」という節目はあまりに遠くて想像すら出来なかった。

この時期は、ボクにとって大切なはずだが、2年目を過ぎたあたりから、がんの闘病だけに集中することが難しくなった。職場から迫害を受けはじめ、ボクを追い出そうとする動きが加速した。チンピラから脅迫電話がかかってくるようになり、録音した音声データを警察に持参して相談することになった。職場ではきっと、がんの後遺症で苦しむボクがお荷物と考えていたのでしょう。

だから、ボクはこの年の9月に新会社を設立し、独立。2社の経営で仕事優先の日々がはじまる。そんな関係もあり、2014年4月は記事をひとつしか書いていない。

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胃がん術後3年目/ここがスタートライン

③術後3年目→ボクにとって最初の区切りとしての実感がわいたのが「術後3年目」だったのかも知れない。診察のとき、主治医から「本当に良かった、良かったねぇ」と何度も言われた記憶がある。主治医にとっては、ボクが3年生きられるかどうかがウィークポイントになっていたようです。

主治医から、「術後3年を超えてはじめてスタートラインに立ったんだよ」と言われた。「次のハードルは5年だけど、ここからが大変なんだよ。3年を迎えたことで、キミはやっと、生存率が50%になったんだ。癌が治ったとされる5年目までキミが再発するかしないかは、2分の1ずつの確率。無事に5年を迎えられるよう、あとはもう祈るしかないんだ」

術後3年目になって、はじめて「5年」という未来がボンヤリと頭をかすめた、というのが正直なところです。だから、とてもじゃないけど「もしかして5年生きられるのでは?」と過度な期待を持つことは出来なかったです。

▼ちなみに、この当時は胃がんの手術をしたのが4月6日と勘違いしていた(手術直前、5日に変更された)。

術後3年目

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また、1月には母親が亡くなり、6月には部下が夜逃げ事件を起こした。2016年は本当にさまざまな不幸なことが相次いだ年だった。だから、術後4年目のときはどのような心境でいたのかまったく記憶がない。

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胃がん 術後4年 大誤算!!(゚O゚)\(- -;

おはようございます昨夜は、やっぱり晩ごはんを食べ過ぎたようでして( ;´Д`)ダンピングに苦しんだのですが…(~_~;)寒気に襲われながらも、目が覚めれば…術後4年を迎えてました♪( ´▽`)感想は…特に無し。ただ、ひと言だけ言うとすれば、4年経ってもまだ生きてるぅ~♪( ´▽`)それだけです(⌒-⌒; )4年といっても、あくまでも通過点に過ぎないのでありまして…。大切なのは5年先・10年先に生き続けている事。その時に、まだこうや...

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気がつけば、術後5年はあっという間にやってきた、というべきか。

5年はあっという間と書いたが、事件が起きてバタバタしていたせいで、これまで苦労してきた記憶がすっ飛んでしまったのかも知れない。人間は、如何なる苦労をしたところで、無事に終わってみれば今までの苦労なんてすっかり忘れてしまう生き物のようだ。

いろんな不安で苦しみ続けた5年間だったけど、過ぎてみれば長いようであっという間だった、というのが率直な心境でした。

胃がん 闘病のメモリー

今日は、待ちに待った術後5年という大切な節目であるのですが、今朝も、どうやら昨日の不調をまだ引きずっているようで…貧血気味のような目まいが強くて動く事が出来ず、食欲がないどころか、朝ごはんの支度すら辛くて、横になっている事位しか選択肢が見つからず(汗)久方振りで食事を抜いてしまった気が致しますが、それが、よりによって術後5周年記念日とは何とも情け無い限りです(-。-;...

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しかし、術後6年目ともなると、すっかりと油断していたのは事実です。どんなに後遺症で苦しもうとも、がんとは無縁だと思っていたのです。

主治医には反対されたけど、これまで3ヶ月おきだった定期検査を、術後6年目以降は半年ごとにしてもらえるようにお願いしました。今思えば、これも間違った選択でした。その後の半年の間に肝臓に癌が再発したからです。

胃がん 術後6年!ダンピング症状や経過報告、現在の体調など

この私。本日、2018年4月5日をもって、胃がんの術後6年を迎えることができました!ちなみに、術後5年を迎えたときはこんな記事を書いてました。≫胃がん 術後5年!!≫胃がん 闘病のメモリー「2017年4月5日」の記事へ辿り着くのにかなり苦労しました。不便ですね。このブログ…。あまり大したこと書いてませんね(汗)今回もこれといったことが特にないのだけど、この1年は後遺症の苦しみで散々。何とか生き長らえた、というのが正直...

GTO…。主治医の言葉でめちゃくちゃに泣きたくなった

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おわりに/胃がん術後7年間の闘病生活。自分自身を褒めてあげたい

以上から、ボクの術後は、純粋な意味で闘病だけに集中する生活を送ってきたとは言えなかったのかも知れません。これは、社会人として当然の宿命ではありますが。

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【胃ガンの終末期】父親が別れ際、ボクにはじめて手を上げた時の苦悩

こんにちは。胃がんブログの管理人Mです。本日は、原発巣の胃がん術後から6年11ヶ月と18日目。転移性肝がんで余命宣告を受けてから、治療を放置して4ヶ月と27日目が訪れました。すみません。「本日」と書いてますが、リアルタイムで記事が書けない体になってしまいました。よって、前日の早いうちに、少しずつ、少しずつ書き続けて、この胃がん闘病日記を完成させてます。この記事が公開された時は、どう過ごしているのか?!たぶ...

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本来なら、胃がん術後7年目である2019年4月5日は「予約投稿による遺書」の公開日のはずでした。だから、まさか自分が胃がん術後7年目に寄せた記事を書くなどとは思ってもいませんでした。

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生きたいと切に願いながら未練を残して死んでゆく人間がいる一方で、死にたいと願っても、雑草のようになかなか死なない人間もいる。

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FC2ブロガー/ファッション研究家/企業家/投資家/不動産コンサルタント/会社経営/将棋六段/おうちごはん男子部/料理を悪戦苦闘修行中/ヘッドスパとスイーツをこよなく愛する46歳/2011年38歳の若さでほぼ末期の胃がん宣告/奇跡的に生還!/人生なんて気持ち次第!!きっとなんくるないさ~
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