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僕と同じ胃がんになった父親が亡くなる「最期の様子」

僕と同じ胃がんになった父親が亡くなる「最期の様子」

セントラルドグマ:父親の胃癌
2019/11/05 0
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胃癌ブログゆうらりハッピースマイル』の管理人Mです。

ご訪問いただき、ありがとうございます(^^)


先日このブログに書いた記事の中で、具合が悪くてどうしても内容に加えることの出来なかった話しがありました。

【所感】胃がん治療の中でも薬物療法(抗がん剤など)は進歩しているらしい

胃癌ブログ『ゆうらりハッピースマイル』の管理人Mです。ご訪問いただき、ありがとうございます。今回は、手術に比べて格段の進歩を遂げたとされる胃がんの薬物治療について、僕の所感を書きたいと思います。...

ちょっと気になったことを書けずに思い残したまま癌であの世に逝くのも残念な気がしました…。


そこで今回からは、僕と同じ胃がんで亡くなった父親の話しを、記憶に残っている範囲で書き記していこうと思います。


また、父親が胃がんの闘病をするなかでおこなった、当時の抗がん剤治療についても所感を述べていくつもりです。

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今回からは、僕のことではなく、同じく胃がんを患ってこの世を去った父親の話しを書いていきます。


父親の胃癌 最期の様子


僕の父親は、胃がんと診断されてから手術で胃の3/4を切除しました。その後、癌の再発で術後からちょうど5年目に60歳で息を引き取りました。僕が11歳のときです。


父親の最期は悲惨なものでした。父親は、亡くなるまでのあいだ、自身のかかりつけだった東京医科大学附属病院で半年間の入院生活をしていました。全身に癌が転移していましたから、いわゆる緩和ケアというやつですね。でっかい大学病院ですから、今のような短い入院期間では考えられない話しです。


癌の苦悩、心のかたち、終わる世界


父親は、半年の間にみるみる衰弱していきました。亡くなる前の数ヶ月はほぼ植物人間と化していて、食事も出来ないし、ヘビースモーカーだったので痰が気管に詰まる。痰を排出する装置など、いろんな所に管が刺さって延命が図られていたのです。


亡くなったとき、父親の体は文字通りの骨と皮だけでした。今の僕も同じような感じですが、父親の最期は肉のかけらがひとつもないように思えました。東京医大の地下3~4階あたりに霊安室があり、父親は他の死体と並ぶようにして安置されていたのが子供心として非常に怖かった。


案内してくれた看護士さんが突然いなくなり、死体だらけの部屋に取り残された僕と母親は、その後にもの凄い恐怖体験をしたのだけれど、これについては別の機会にあらためて書こうと思っています。


つづく。


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