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【医師への謝礼金】昔は莫迦にならない額だった!父親の胃がん手術を控え…

【医師への謝礼金】昔は莫迦にならない額だった!父親の胃がん手術を控え…

セントラルドグマ:父親の胃癌
2019/11/06 0
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#胃がん闘病記 #昔の医師 #セントラルドグマ #胃がん #親の癌 #父親の胃癌 #家族の癌 #癌の遺伝 #胃がん_抗がん剤_昭和50年代

父親の胃癌 医師への謝礼金 セントラルドグマ 第5話


胃癌ブログ『ゆうらりハッピースマイル』の管理人Mです。


ご訪問いただき、ありがとうございます(^^)


これまでの記事では、父親が胃がん治療を受けた昭和50年代の医療について書いてきました。あの頃は、日本のがん治療も本当に未熟だったんだなぁ…と思います。


がんの標準治療すらも確立されてない時代。そもそも、「標準治療」という言葉が存在したのでしょうか?


現在は、標準治療が存在するおかげで、どの病院でも同じようなガン治療が受けられるようになりました。それと比べて、父親の胃がんになった時代は、まさしく「病院と医師の腕次第」だったに違いありません。


前回の記事の終わりに、医師の立場が今と比べものにならないほど絶大だったと書きました。当時の様子を振り返っているうちに、あることが記憶からよみがえってきたので、今回はその追記をしておきたいと思います。

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【父親の胃がん手術前】母親が医師に謝礼金を渡していた

どうして金を払わなくちゃならないの?


今と比べて、医師の立場が強大だったことを裏付けるもの。それは、医師への謝礼金です。当時は「コンプライアンス」なんて言葉が存在していたのかも分からないくらいですし、標準治療も確立されてない時代。患者が生きるか死ぬかは、文字通り医師の腕に委ねられていたわけです。


僕は、前回の記事を書き終えたあとに、ふと「ある出来事」が記憶からよみがえりました。それは、母親が札束を茶封筒に入れ、医師に渡していた場面です。そのようなことをするタイミングというのは、おそらく手術直前のときではないでしょうか。時間はたしか、面会時間が終わった夜8時過ぎ。1階の受付近くの待合席だったと思います。


医師への謝礼 心のかたち 終わる世界 エヴァ風


とするならば、僕はきっと父親の手術に立ち会った母親と一緒にいたことになる。前の記事で父親の手術については記憶に残っていないと書きましたが、なぜか茶封筒のことだけは思い出しました。人間というのは不思議な生き物ですね。肝心なことは忘れる一方で、おかしなことばかり覚えている(汗)

がん患者を生かすのは医師の腕次第、当時は謝礼金の額も莫迦にならなかった

謝礼する母の願い 医師って…


母親が医師に手渡した「茶封筒」のことを今でも覚えているのは、子供として見たことのないような金額だったせいかも知れません。札束にはたしか、帯があったような、そうでなかったような…。


医師はそのお金を躊躇なく受け取り、感謝の意をひとつも表さなかった印象が今でも強く残っています。だから、子供心に「医者ってとても偉いんだなぁ…」という気持ちを抱かせたんだと思います。


当時の医師の名前。ここまで出かかっているのですが、どうしても思い出せません(汗)とにかく、昔の医師はさぞかし儲かったんでしょうね…。


つづく。

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