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【恐怖体験:本当にあった話】父親が胃癌で死ぬ間際、流れ星が…

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セントラルドグマ:父親の胃癌
2019/12/18 0
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胃癌になった父親の死に際、流れ星が見えた ゆうらりHappySmile


こんにちは!胃癌ブログ『ゆうらりハッピースマイル』の管理人Mです。


僕と同じ胃癌で亡くなった父親の死に際はどうだったのか?母親が2016年に死去したことで、これについて語れるのはもう僕しか残っていません。


間もなく、僕もそろそろ父親の後を追うことになるのだと思います。ならばなおさら、父親の死に際を今のうちに書き記しておこうと思いました。


実は、父親が胃癌で亡くなったとき。僕はさまざまな恐怖体験をしているのです。これから書くことは、本当にあった話しです。


父親が胃癌で亡くなった年。僕はまだ11歳でした。今から約35年前に遡ります。

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胃癌で亡くなるまでの数ヶ月、父親は植物状態でも必死に生き続けた

数ヶ月にわたる胃がんの苦しみに耐えた父親 ゆうらりHappySmile


父親が再発した胃癌で亡くなったのは1984年。僕が11歳のときです。父親は亡くなる数ヶ月前からすでに植物人間と言ってもよく、いつ死んでもおかしくない状態でした。


今から考えると、父親はよほど生命力の強い人物だったのだな、と思います。


一方で、よほど「生」に対する思いが強かったのかも知れません。医師も驚くほど、父親はボロボロになりながら数ヶ月間もの苦しみを耐え抜き、頑張って生きながらえたのです。

流れ星?テレビでプロレス観戦中、外から白い光が!

pro-wrestling


ちなみに、僕が11歳の頃は、好きなプロレスに熱狂していました。ちょうど、あの初代タイガーマスクが引退した翌年でもあります。


新日本プロレスはこの頃、毎週金曜日の夜8時からテレビ朝日で放送していました。僕はいつものように、テレビでプロレスを観ていました。


プロレスが始まって30分ほど経過した夜の8時30分頃。住んでいたアパートの窓に、外から白い光が差し込みました。


「⁈」と思った僕は窓の方へ行き、外を覗きました。すると、夜空に流れ星のようなものが見えました。


東京に住んでいて、流れ星なんて見たのは初めてだったと思います。もっと幼い頃には一度だけ天の川を見たことがありますが…。

星が流れたと同時に大学病院から「父親が危篤」の知らせが!

夜空を見ていた僕はすかさず、母親に「あれって流れ星⁈」と聞きました。どれどれ?と母親が動こうとした時、1本の電話が鳴りました。


電話に出た母親は、様相が一変しました。


「パパが危篤だって!」

父親が危篤の電話 胃がん闘病記ゆうらりHappySmile

電話は、父親が入院する大学病院からで、危篤の知らせだったのです。2人は急いで支度をし、タクシーに乗って大学病院へ向かいました。


しかし、病院に着いた時にはすでに時遅しで、父親は他界。父親の死に際に立ち会うことは叶いませんでした。享年60歳。

あの流れ星は亡くなった「父親の魂」だったのか⁈

流れ星


あれからというもの。父親の話題となるたびに「あの流れ星は父親の魂だったのでは?」と、母親がよく話していました。ちなみに、危篤の電話を受けた母親は、あの「流れ星」は見ていません。


病院に着いたとき、父親はすでに霊安室へ安置されたといいます。それを聞いた母親と僕は、父親の亡き骸と対面するために、霊安室へと案内されました。


地下にある大学病院の霊安室。母親と僕にとっては、まさに「恐怖体験」となったのです。


つづく。

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